不要不急のマッチング

躁になった隙にマッチングアプリを再開した。躁。You are my 躁躁いつまた落ち込むかわからない。躁になったということは、うつの時期があったのだ。

 

昨年の春ごろから心がおかしくなった。頭はずっとおかしいのだが、心がおかしくなったのは初めてだったので戸惑った。何をしても勝手に涙が出てくる。なんだか悲しい。仕事中や誰かと話しているときは平気なのに、1人になるとダメだった。休日、朝起きて化粧をして着替えてもベッドの上から動けない。早く全部終わってくれとしょっちゅう思っていた。気づくと遮断機の前でぼーっとしていることもあった。ちょっとまずいなと思い、あらゆる心療内科の口コミを調べ、家からも会社からも近くないクリニックを予約した。初めての診察で、40分くらいかけて泣きながらあれが辛いこれが悲しいでも仕事は好きなんです辞めたくないんです(aikoかよ)みたいな話をしたら、「あなたは今、適応障害の入り口にいます」と、心理テストみたいなことを言われた。

 

適応障害とは、『ある特定の状況や出来事が、その人にとってとてもつらく耐えがたく感じられ、そのために気分や行動面に症状が現れるもの』(厚生労働省)と定義されている。進学や就職など、環境が大きく変化するときに心のバランスを崩して発症する人が多いらしい。私の場合は仕事で大きな案件に入り、勤務時間が増えたことがきっかけだった。適応障害は原因になる出来事がはっきりしているので、その対象から離れれば症状は改善されることが多い。提示された治療法は2つ。①薬を飲んで様子を見ること②その案件から降りること。②の方が手っ取り早いし確実なのはわかっていたけど、大きな仕事に関われるチャンスを逃したくなかったし、スタッフリストに他の若手の名前が載るのが我慢ならなかったので、薬での治療を選んだ。毎晩寝る前に半錠飲む。「薬が効きすぎるのでお酒は飲まないで」と言われたので、ハイボールで服用したら驚異的に安定するのかなと思ったけど良識があるのでやめておいた。

 

薬の効果か、仕事に慣れたのか、最近は激しく落ち込んだり頭がぼーっとしたりすることはほとんどなくなった。そうなればやることは一つ、マッチングアプリだ。

 

最後にマッチングアプリを開いたのは昨年の6月。連絡先を交換した男性と食事に行ったのを最後にもういいや状態になり、退会していたのだった。そして夏が過ぎ、秋を生き、冬を越え、春がやってきた。マッチングアプリをやるなら春。財布を買うのも春。そう決まってる。いざ。一度はアンインストールしたアプリを再びインストールする気恥ずかしさ。見慣れた画面が目に飛び込む。実家のような安心感に思わず漏れる「ただいま」。再びマッチングアプリの海へ漕ぎ出したのだった。

 

マッチングアプリって結局出会い系でしょという声がある。半分正解で、半分違う。出会い目的なのは確かなのだが、マジな人が多い。アプリにもよるので一概には言えないが、セックス目的でなく、本気で理想の異性とマッチングして恋愛しようとしている層がそれなりにいるのだ。結婚まで見据えている人もいる。見据えるな。しかもマジな人の中には少なくない数の恋愛低学歴マンが潜んでおり、彼ら私のような恋愛低学歴ウーマンとマッチしてしまうと、恋愛の基礎を知らない男女がやみくもに相手の勤務形態を深掘りするなどの不幸で不毛な結末が訪れる。なので、マジ人、ヤリモク人、結婚見据え人、カルト人、マルチ人、おじいさん、意味不明人が渾然一体となっているマッチングアプリという蠱毒から、今すぐ結婚は考えてないけど真剣に恋人を探している恋愛経験そこそこ人を見つけ出さねばならない。骨の折れる作業だ。もちろんプロフィール写真や自己紹介文などである程度までは絞り込めるが、本当にどんな人なのかを知るには直接会って話すしかない。会って会って会いまくる。どこから見ても出会い系にのめり込む人である。

 

マッチング現役復帰戦はプロフィール写真が大学の時好きだった人に激似の27歳男性との食事の予定だったが、当日になって急激にめんどくさくなり、行きたくないよ~行きたくないよ~とハイボールを飲んで駄々をこねていたらいつの間にか気絶していた。不戦敗。復帰戦は31歳男性に持ち越しとなった。

 

31歳男性はプロフィール写真が俳優の山田裕貴さんに結構似ていたので山田裕貴さんが来ちゃったらどうしようと不安だったが、山田裕貴さんではなかったので大丈夫だった。山田裕貴さんじゃないじゃないですか!と一発食らわせて帰っても良かったのだが(傷害罪)、私もプロフィール写真から5kg太っていたし髪も根元が伸びて汚かったのでおあいこだなと思い、堪えた。会話はけっこう盛り上がり、雰囲気も悪くなかったが、あれから連絡はない。もしかしたら2ヶ月弱気絶しているのかもと思ったが相手のTwitter(特定済)を見たら7時間前に更新されていた。私にLINEを送ろうとすると電流が流れてしまうのかもしれない。キルアくんも慣れたと言っていたので徐々に慣れてほしい。電流は慣れ。

 

その翌週は28歳男性と会ったのだが、これが曲者だった。待ち合わせ場所で落ち合い、挨拶もそこそこに「ほな行きまひょか~」と言われた時点でくじけそうになった。聞き間違えかと思ったが、その後も「ほんまでっか?」「LINE教えてもろてもええですか?」など噓だろという感じの関西弁の乱れ打ちを浴び、面食らってしまった。服部平次と呼ぶことにした。平次は全然悪いやつではなかった。基本的には柔和で上品な男性だったのだが、デリカシーに欠けていた。というか、空気を読むのが苦手なようだった。まず、大きな声でマッチングアプリという単語を連呼する。居酒屋ならともかく、静かなレストランだ。「何でマッチングアプリ始めはったんですかあ?」「マッチングアプリで何人くらい会いはったんですかあ?」しかも話してる間、マッチングアプリの私のプロフィール画面を開きっぱなしなのだ。バイトの面接かよ。目の前に本人がいるのに何を確かめることがある。整合性をとるな。服部平次のくせに。そのくせ、私の目を見ない。ずっと手元を見ている。私を見ろ。平次。店を出ると、軒先をベンツが走り抜けた。ベンツ~ベンツ~♬オリジナルのベンツソングを口ずさむ平次。もう限界だ。

まだ昼過ぎでその後の予定も全くなかったが会社に戻ると大嘘をついて解散しようとすると、平次が追ってくる。「ぼくもそっちの駅まで歩こうかなあ」歩くな。電車乗れ。「あ、じゃあ私ちょっと買い物していきますね~」と途中の百貨店に入ると、ついてくる平次。「何買わはるんですかあ?」なんでもいいだろ。あ、化粧品をとエスカレーターを降りる。もちろん後ろには平次がいる。すいません、こんなにバタバタでとそれとなく解散を匂わせると、察したのか「ほなまた~」と言い残して平次は去っていった。最後まで平次だった。平次にとっても不幸な出会いだったと言うほかない。早く和葉と出会えることを心から祈っている。

 

こんな調子で復帰戦2試合を終えたところで、コロナである。それどころじゃない。不要不急のマッチングは自粛するべきなのに、みんな暇なのかむしろ活発化している。目に見えてマッチングの数が増えた。マッチングアプリに肝要なのは根気とスピード感だ。理想の人とマッチするまであきらめず耐え忍ぶ根気と、やましさを感じさせない程度に速やかに逢瀬の約束を取り付けるスピード感。社会が大きな不安を抱え、いつ事態が収束するかわからない今、マッチングは適切ではないと思われるかもしれないが、むしろ今こそマッチングアプリをすべきだと私は思う。こういうときこそ、その人の本性が見えるからだ。危機管理能力、他人を思いやる心、想像力など、普段はなかなかわからない本質的な部分が言葉の端々から滲み出る。ような気がする。だけど、そもそも今マッチングアプリをやるような人、なんか、嫌だな…………………………………………。もうだめだ。