緑のパフスリーブ

友人の結婚パーティーに招待された。うれしい。やったー!が、着る服がない。そんな…。

 

母からは執拗に振袖を勧められたが(母は振袖を勧める生き物)、式じゃなくてパーティーだし、頑張っちゃってる感じ出ちゃうし、そもそも着るのだるいし。

気の利いた黒いドレスでも着たりますわとナメた態度でいた。ナメた態度でクドカンのドラマを3本見た。あれよあれよとパーティー2週間前。レンタルにしろ、買うにしろ、そろそろ決めないと。

 

とりあえず「結婚式 ワンピース おしゃれ」でグーグル検索すると、大量にヒットする中華系通販サイト。なんというか、モデルが綺麗すぎるし、ドレスも綺麗すぎるし、全体的にAdobe感が強すぎて尻込みする。私のドラえもんのようなプロポーションではとてもじゃないが着こなせない。それこそAdobeで足がビヨーンとなったり腰がウニョーンとなれば話は別だが、そうはならないので夜な夜な「ザ・きんにくTV」でトレーニングに励んでいるのである。ここ最近は胃痛を理由にサボっていたので再開するのがめちゃくちゃ怖い。継続はパワー。

 

ネットでの購入を早々に断念し、向かう場所は一つ。新宿LUMINE、我が母校。「こども110番の家」みたいな感じで「20代OL着る服ないときの建物」ステッカーを貼っておいて欲しい、迷えるOLの駆け込み寺。「女の松屋」ことスープストックトーキョーもあるし、新宿LUMINEに死角なし。

 

新宿LUMINEにはLUMINE EST、LUMINE2、LUMINE1、NEWOMAN(LUMINE0)と4種のLUMINEがある。後半にいくにつれ価格帯と年齢層が上がるのだが、私がよく行くのはLUMINE2とLUMINE1。あらかじめ気になるブランドの通販サイトをチェックし、候補をピックアップする。真っ先に向かったのはLUMINE2にある、とあるセレクトショップ。インスタで見て気になっていた、緑のパフスリーブのドレスを手に取る。光沢のある肉厚な生地に、たっぷりとした袖。写真で見たよりもリッチだ。悪く言えばゴツい。「試着されますか?」と店員の声。「そのつもりです」と心の中で胸を張る。実際に口から出たのは「ア………………………ャスス」と、終わりかけのマヨネーズみたいな声(というか風)だったが、とにかくフィッティングだ。

 

マスクの上からフェイスカバーをつけ、服を脱ぎ、ドレスを頭からかぶる。襟首から顔を出し、袖に腕を通した瞬間、強烈な敗北の匂いが半畳の試着室にたちこめた。キュッと絞られたウエストの部分が胸につっかえて通らない。バストが豊満なわけでは決してない。背中についた肉のおかげで胸部がとにかく分厚いため、このような通行規制がたびたび行われるのだ。無理やり着ても脱ぐのが大変なので(もはやここまでか…)と諦めかけたが、背中のジッパーがまだ下りることに気づいた。万事休す。辛くも着替え終え、フェイスカバーを外して顔をあげると、そこにはラグビー指定強化選手がいた。鏡の国の五郎丸。

 

こういうときにガンダムとかシュレックとか、自分の体型を無機物で例える(シュレックって無機物?)のは事態を深刻に受けて止めていない気がして趣味でないのだが、なんだろう、巨人?歩兵?強化系?ていうかウヴォーギンじゃん。とにかく強そう。声でかそう。人の話聞かなさそう。こんなにたくましい私たちのLife style, everyday…everytime.(輪舞-revolution)。一般的なパフスリーブの2.5倍くらいあるパフスリーブのおかげで正面から見るとひたすら肩回りが大きく、がっしり見えてしまう。斜になると多少マシではあるのだが、パーティー中ずっとナナメになってるわけにもいかず。味集中カウンターよろしく、私集中カウンターを設けて斜45度だけをお届けするのも手だが、もう中学生が参列していると思われると申し訳ない(もう中さんに)ので諦める。色々言ったが、要は似合っていないのだ。

 

もし私が19歳だったらこのドレスを買っていたと思う。まず人と被らない珍しいドレスだし、色も形もすごく好みだったから。いつまで着れるんだろうとか、ちょっと派手かもとか、でも太って見えるよねとか、そんなこと考えずに一目散にレジに向かっていただろう。そして多分、19歳の私にこのドレスは似合ったはずだ。未来を疑わないこと、根拠のない勝利の予感、無策ゆえの自信。そういう、火だるまのような強烈で眩しいパワーがあって初めてこの緑のパフスリーブのドレスは似合うのだ。そしてその力は、急速に私の中から失われはじめている。寂しくはないけど、人生ってあっけないなと思った。

 

「サイズが合わなかったので」と店員さんに伝えてドレスを返却すると、なんだか他の店を見る気力もなくて、改札前の花屋でバラを一輪だけ買って家へ帰った。

 

その日の夜、子供を産む夢を見た。病院のベッドの上で生まれたばかりの我が子を抱いた私は、激しく後悔していた。「もう産んじゃったんだ」と思った。自分のためだけの人生が永遠に失われたような、完全に大人になってしまった気がして、悔しさで震えた。目が覚めたとき心からホッとしたのと同時に、25歳にもなって「大人になりたくない」と思ってる自分に恥ずかしいような情けないような気持ちになった。もう若くはない。大人にもなりたくない。緑のパフスリーブが似合わないだけの、輝きのない子供。

 

次の週、同じ店で黒いレースのドレスを買った。美川憲一みたいで笑ったけど、今の私には似合っていた。