セクシーペルシャゴリラ

就活メスゴリラがセクシーペルシャゴリラになるまでの道のり

個別的自衛ブス〜ホームレス猫ひろし〜

前回の記事を投稿した後、友人に「あんまり自分でブスブス言うとブスの印象が最初につくよ」との忠告を受けた。ファーストインプレッションブス、これこそが私の狙いである。別に「わらちゃんブスじゃないよ、かわいいよ」とまで言ってもらいたいわけじゃない。ただ「自分でブスブス言うからどんなブスかと思ってたけどそこまでじゃないな(かわいくはないけど)」と思ってほしいだけなのだ。たとえ相手が私の顔を知らない段階での第一印象が「ブス」だったとしても、実際に私の顔面を見た時点でその印象は(良くも悪くも)簡単に塗り替えられる。そうなるとあらかじめブスを予告しておいた方がお互い都合がいい。予想通りのブスなら心身に受けるダメージも少ないだろうし、予想してたほどでもないならちょっとしたお得感が味わえる。予想以上のブスならそれはそれで新鮮な驚きがあるだろう。「こんな顔の生き物いる?!」みたいな(世界ふしぎ発見)でも別にそれだけのためにわざわざブスを自称してるわけではない。癖になってるんだよね・・・自分のことブスって言うの・・・。(ゴリラ=ゾルディック)

間違いなく原因は中学時代にある。

 

小学校6年生のとき、違うクラスの男子に突然「お前、猫ひろしに似てるな」と言われた。ワラコ=猫ひろし説は瞬く間に広がり、私は学年中の男子から"猫ひろし"と呼ばれるようになった。カンボジア人のちっちゃいマラソンランナーのあの猫ひろしだ。当時猫ひろしはまだ日本人だったしマラソンもせずに芸人としてちょくちょくテレビに出て「乳首から石油が・・・おか〜さ〜ん!!」といった感じのネタをしていた。12歳にして"乳首から石油が"とか言ってる中年の芸人に似ていると言われるのは相当堪えると思う。実際12歳の私はそれなりに傷ついていた。母親に相談したこともあった。母は言った。「あなたは猫ひろしになんて似てないよ。お母さんのかわいい娘だもん。今度猫ひろしって言われたら『そんなことしか言えないなんてあんたたち子どもだね!』って言い返してやりなさい。」母はいつも私の味方だった。周りの友人は誰も擁護してくれなかった。友達が少なかったというのもあるけど、単純にガチで猫ひろしに似てるので擁護のしようもなかったんだと思う。今思うと私はめちゃくちゃ猫ひろしに似てる。年々似てきてる気さえする。そりゃこんだけ似てたら猫ひろしって呼びたくもなるよな〜ごめん。絶対許さないけど。猫ひろしショックが原因ではないが、受験をして小学校の同級生が一人もいない隣の市の中学校に通うことを決めた。新しい環境で新しい生活が始まるんだと期待と不安でいっぱいだった。だがそれは大きな間違いだった。

「お前、小学校で猫ひろしって呼ばれてたらしいな。」まさかの第二次猫ひろしショック到来である。どうも同じ学習塾に通う私の小学校の同級生から聞いたらしい。言うまでもなくその日から私は"猫ひろし"あるいはフランクに"ひろし"と呼ばれるようになった。

「なんでひろしって呼ばれてるん?」「猫ひろしに似てるからやって。」

5000回はこのやり取りをしたと思う。「全然似てないよ!」と言ってくれる子もいたが「あべこうじの方が似てる」などと言ってくる不届き者もいた。なお現在もこの不届き者とは仲が良く、留学前には一緒に新宿の某有名オカマバーに行ってオカマのパンツに1000円札をねじこんだ。

 

中学2年生になった頃、「なんか貧乏っぽいから」という理由で"ホームレス"と呼ばれ始めた。中学は金持ちが多かった。生徒の2/3は小学校からの内部進学組で、(被害妄想かもしれないけど)中学からの編入組を何となくバカにする空気があった。まして"猫ひろし"なんて呼ばれてもヘラヘラしてる私は格好の餌食だった。当時の私は"ホームレス"と呼ばれてもなおヘラヘラしていた。イジってもらえてラッキー、オイシイなくらいに思っていた。なんたる女芸人根性。私の誕生日は2月3日の節分なんだけど(ホームレスなので)お金がなくて恵方巻きが買えないから代わりに住んでる公園(ホームレスなので)の鉄棒をかじっているため顎がシャクれている(*1)、というコロコロコミックみたいな設定まであった。この他にも公園の滑り台の上で夜な夜な合唱曲を練習している、嵐の夜にクラスの男子に拾われて以来犬として飼われている(?)などの設定があった。心配をかけたくなかったので親には学校でホームレスと呼ばれてることは秘密にしていた。それに第一次猫ひろしショックの時のようにいちいち傷つくこともなくなり、むしろよく考えられてんな、と感心するくらいだった。ハート強(つよ)〜〜〜〜!見かねた担任に呼び出され、「ほんまに嫌なんやったら嫌って言わなアカン」と言われた。私にそんなことを言う前に私を猫ひろし呼ばわりする人たちをボコボコにしてほしいと思った。私のメンタルが強かったというか単純にドマゾだったからヘラヘラしてたけどもっと繊細な性格だったらさっさと首吊ってたと思う。

*1 当時合唱部の私は歌う際異様に顎がシャクれていたためみんなと同じ立ち位置だったのに私だけ一歩前で歌ってる疑惑がでた。(顧問公認)(歌ってると指揮をしていた顧問に「アゴ〜〜〜〜〜!」っつって顎をつかまれた)(ロシアの合唱部でも言われた)(もう歌いません)

 

ホームレスと呼ばれ始めた頃、槇原敬之にも似ていることがバレてマッキーと呼ばれるようになった。わかる。笑顔が似てる。ホームレスは甘んじて受け入れることができた(なんで?)けどマッキーは嫌だった。私あんなに歯並びガチャついてない!って憤ってたら部活の友達に「でもマッキー歌うまいからいいじゃん」って言われた。お前・・・それ本気で言ってんのか?「マッキー歌うまいしいっか!似てると言われて光栄」ってなります?どんだけ前向きサンシャイン少女やねん・・・泣ける・・・。私はもし自分の娘がマッキーなんて呼ばれてたら即座に該当者の家に火を放ちに行きますけどね。でも聞いて、今わたしモウレツにハイキューにでてくるマッキーこと花巻貴大くんにハマってて彼のこと狂おしいほど愛してるからこの件に関しては火、放ちません。ハイキューに感謝しろよ!

 

まあこういう経緯(どういう経緯?)があって小6〜中3の4年間で容姿(とくに顔面)における自信を完全に失い、「あ、私ってブスなんだ」という意識が刷り込まれてしまった。ちなみに私を率先してホームレスと呼んでいた男子生徒とは不幸にも同じ高校に進学することになった。(学科は違ったけど)。彼は私のクラスメイトである硬式テニス部のチームメイトにホームレスの件を吹き込んだらしいが、私のクラスメイトたちはまともな人間だったので「わらちゃん中学のときホームレスって呼ばれてたらしいな笑」くらいでとくに私をホームレスと呼んだりバカにしたりするようなことはなかった。高校の同級生はちょっと頭おかしいけどみんな真っすぐで人が嫌がるようなことは絶対にしないすてきな人たちだ。ちょっと頭おかしいけど。道徳の死んだ中学の同級生たちのことは今でも呪ってるし絶対許さんぞ。ただ「絶対おまえらなんかより幸せになってやる!」という呪怨パワーで受験勉強を頑張ったので(自分で言うのもなんだけど)まあまあいい大学に入れた。ありがとう。絶対お前らより幸せになるからな。

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